お客様が金玉を購入された時の話
その日、私は先輩が休みになった関係で、
ほぼ1日1人で店を回すことになった。
いつもより接客や作業が目まぐるしくて、
その1日のことをほとんど覚えていないのが正直なところだが、
私にとって重大な事件について、きちんと書き記しておこうと思う。
私にとっては重大だが、
人にとってはどうでもいいであろうことも、
先に記しておくとする。
その店には雑貨も売っていて、
自分で鈴や根付けをそれぞれ選んで、
それをレジで取り付ける形で販売している。
根付けには様々な色があり、
1つだけ鈴の取り付けられる物と、
先端に輪が2つ付いていて、
鈴を2つ並列に取り付けられるようになっている物がある。
鈴のラインナップはさらに多様だ。
スタンダードな丸いもの、色違い、柄違いや、
花柄などをそのまま丸めたみたいなところどころ穴が空いてるやつ(?)、亀や茄子など縁起物を象った物など、結構たくさんある。
なので、それまで私がレジ対応した限りでは、
2つ取り付けられる根付けを持ってくるお客様は、
「絶対」違う鈴を2つ持ってきていた。
しかしその日は違った。
私が忙しなくあれやこれやと作業をしていたら、
男性の方がレジに来たので対応した。
内容は、1つ鈴を付けられる根付けが1本と
2つ鈴を付けられる根付けが1本、
金色の鈴が2つと、あとなんか違う鈴が1つだった。
私はそれまでの経験から、
当然金色の鈴と違う柄の鈴を1つずつ一緒に取り付けるものだと思った。
こういうのは違う種類のものをつけてこそお得感があるし、
金の玉が2つ並んだりしたら金玉になっちゃうよ〜フフフと思ったからだ。
でも決めつけは良くないので一応お客様に確認した。
彼は前述の案を否定し、金色の2つを一緒につけて、他のもう1つを単独で根付けに取り付けてくれと言ってきた。
私の頭は混乱した。
冗談だと思っていたことが本当に起こってしまった。
((お客様は金玉をご所望だった!!!!))
でももしかしたらお客様はツッコミ待ちかもしれないし、
それとなく様子を確認した。
彼は、彼女らしき女性を連れていた。
なんとなく男同士の友達とかで来ているなら、
自分の中ではまだ納得感があったのでそこにも混乱してしまった。
女と来ててそんな下ネタな買い物するのか…?とか、
彼女はツッコまないのか?なにも思わないのか?とか
いろいろ頭を駆け巡り、私の言いたくても言えないこの思いを彼女が代弁してくれないかと期待した。
しかしその期待は儚く散り、彼等はその鈴を彼のどこに付けるかの話をしていた。
彼は今回2つ根付けを買って、両方自分で付けるようだった。
しかもなんだか鈴が好きらしく、既に結構付けているようで、
もうあまり付けるところがないような話をしていた。
私は吹き出さないように必死だったので、
基本的に顔を上げずに会話だけが聞こえていた。
そして、そんなに鈴好きなところも私にとっては謎だった。
大量につけるものではない気がするのだが。
いや、お買い上げありがとうございます。
彼等の純粋に買い物を楽しんでいる様子から、
私の中での「ツッコミ待ち説、悪ふざけ説」は
じわじわと消えていった。
と同時に笑ってはいけない度合いは格段に高いことも認識し、その意味では絶望でもあった。
鈴を取り付けるには多少の時間がかかるので、
その間私は自分をコントロールするのに必死だった。
いつ大声で笑い出してもおかしくない、一触即発の状態だ。
笑い出したらきっと理由を聞かれるだろう。
でもさすがに「これは金玉すぎやしませんか」と言うのはハードルが高いので、
高い確率で私は笑った理由を濁すだろう。
そしたらそのカップルはその店のことを、
「理由もないのに大笑いで、レジも覚束なくなる狂人が君臨する呪いの館」として認識し、その後二度と来なくなるだろうな、と思った。
それは極力避けたい一心で私は頑張った。
鈴の取り付けが完了した。
金色の玉が並列に2つ並んでいる。
あまり見ては危険なので、即座に袋にしまってお客様にお渡しし、レジ対応は終了した。
危ない仕事だった。
その後もずっと忙しかったことは救いだったのかもしれない。
その事件のことを思い出すことなく1日を終えることができた。
もし暇だったらその事を何度も思い出し、
こみ上げる笑いと戦い、彼の意図を何度も考察してしまったかもしれない。
仕事が終わってから、
Twitterにすら書けないほどくだらないことを書き連ねて良いと勝手に認識している、
妹とのLINEのトークにその事を書いたら、
「普通はそんな事思わない」、
「日常にはもっとおもしろいことがあるだろう」というようなことを言われた。
普通は思わないのだろうか。
女の人(女児に多い?)がたまに装飾品として使用する、モケモケのポンポンが2つ付いているもの(髪飾りや衣服に多い印象)ですら、金玉呼ばわりされたりするのに?
あれはベージュや白など、肌に近い色のケースが多いからそう言われるのだろうか。
でもきっと私が見たものも、見る人が見れば共感してくれるはずだ。
だって私は金の玉が2つ並んでいるのを見たのだ。
しかしどう見えたからといって、
本人が良いと思っているものを、でかい声をあげて笑うのは良くないことだ。
人から笑われても、自分が良いと思うものを大切にする心はとっても大切だ。
でもおもしろいと思ってしまう私の心も、
簡単には消せないのだ。
ここに書けてすっきりした。
王様の耳はロバの耳。