お客様が金玉を購入された時の話
その日、私は先輩が休みになった関係で、
ほぼ1日1人で店を回すことになった。
いつもより接客や作業が目まぐるしくて、
その1日のことをほとんど覚えていないのが正直なところだが、
私にとって重大な事件について、きちんと書き記しておこうと思う。
私にとっては重大だが、
人にとってはどうでもいいであろうことも、
先に記しておくとする。
その店には雑貨も売っていて、
自分で鈴や根付けをそれぞれ選んで、
それをレジで取り付ける形で販売している。
根付けには様々な色があり、
1つだけ鈴の取り付けられる物と、
先端に輪が2つ付いていて、
鈴を2つ並列に取り付けられるようになっている物がある。
鈴のラインナップはさらに多様だ。
スタンダードな丸いもの、色違い、柄違いや、
花柄などをそのまま丸めたみたいなところどころ穴が空いてるやつ(?)、亀や茄子など縁起物を象った物など、結構たくさんある。
なので、それまで私がレジ対応した限りでは、
2つ取り付けられる根付けを持ってくるお客様は、
「絶対」違う鈴を2つ持ってきていた。
しかしその日は違った。
私が忙しなくあれやこれやと作業をしていたら、
男性の方がレジに来たので対応した。
内容は、1つ鈴を付けられる根付けが1本と
2つ鈴を付けられる根付けが1本、
金色の鈴が2つと、あとなんか違う鈴が1つだった。
私はそれまでの経験から、
当然金色の鈴と違う柄の鈴を1つずつ一緒に取り付けるものだと思った。
こういうのは違う種類のものをつけてこそお得感があるし、
金の玉が2つ並んだりしたら金玉になっちゃうよ〜フフフと思ったからだ。
でも決めつけは良くないので一応お客様に確認した。
彼は前述の案を否定し、金色の2つを一緒につけて、他のもう1つを単独で根付けに取り付けてくれと言ってきた。
私の頭は混乱した。
冗談だと思っていたことが本当に起こってしまった。
((お客様は金玉をご所望だった!!!!))
でももしかしたらお客様はツッコミ待ちかもしれないし、
それとなく様子を確認した。
彼は、彼女らしき女性を連れていた。
なんとなく男同士の友達とかで来ているなら、
自分の中ではまだ納得感があったのでそこにも混乱してしまった。
女と来ててそんな下ネタな買い物するのか…?とか、
彼女はツッコまないのか?なにも思わないのか?とか
いろいろ頭を駆け巡り、私の言いたくても言えないこの思いを彼女が代弁してくれないかと期待した。
しかしその期待は儚く散り、彼等はその鈴を彼のどこに付けるかの話をしていた。
彼は今回2つ根付けを買って、両方自分で付けるようだった。
しかもなんだか鈴が好きらしく、既に結構付けているようで、
もうあまり付けるところがないような話をしていた。
私は吹き出さないように必死だったので、
基本的に顔を上げずに会話だけが聞こえていた。
そして、そんなに鈴好きなところも私にとっては謎だった。
大量につけるものではない気がするのだが。
いや、お買い上げありがとうございます。
彼等の純粋に買い物を楽しんでいる様子から、
私の中での「ツッコミ待ち説、悪ふざけ説」は
じわじわと消えていった。
と同時に笑ってはいけない度合いは格段に高いことも認識し、その意味では絶望でもあった。
鈴を取り付けるには多少の時間がかかるので、
その間私は自分をコントロールするのに必死だった。
いつ大声で笑い出してもおかしくない、一触即発の状態だ。
笑い出したらきっと理由を聞かれるだろう。
でもさすがに「これは金玉すぎやしませんか」と言うのはハードルが高いので、
高い確率で私は笑った理由を濁すだろう。
そしたらそのカップルはその店のことを、
「理由もないのに大笑いで、レジも覚束なくなる狂人が君臨する呪いの館」として認識し、その後二度と来なくなるだろうな、と思った。
それは極力避けたい一心で私は頑張った。
鈴の取り付けが完了した。
金色の玉が並列に2つ並んでいる。
あまり見ては危険なので、即座に袋にしまってお客様にお渡しし、レジ対応は終了した。
危ない仕事だった。
その後もずっと忙しかったことは救いだったのかもしれない。
その事件のことを思い出すことなく1日を終えることができた。
もし暇だったらその事を何度も思い出し、
こみ上げる笑いと戦い、彼の意図を何度も考察してしまったかもしれない。
仕事が終わってから、
Twitterにすら書けないほどくだらないことを書き連ねて良いと勝手に認識している、
妹とのLINEのトークにその事を書いたら、
「普通はそんな事思わない」、
「日常にはもっとおもしろいことがあるだろう」というようなことを言われた。
普通は思わないのだろうか。
女の人(女児に多い?)がたまに装飾品として使用する、モケモケのポンポンが2つ付いているもの(髪飾りや衣服に多い印象)ですら、金玉呼ばわりされたりするのに?
あれはベージュや白など、肌に近い色のケースが多いからそう言われるのだろうか。
でもきっと私が見たものも、見る人が見れば共感してくれるはずだ。
だって私は金の玉が2つ並んでいるのを見たのだ。
しかしどう見えたからといって、
本人が良いと思っているものを、でかい声をあげて笑うのは良くないことだ。
人から笑われても、自分が良いと思うものを大切にする心はとっても大切だ。
でもおもしろいと思ってしまう私の心も、
簡単には消せないのだ。
ここに書けてすっきりした。
王様の耳はロバの耳。
生ガッキーを見てきた時の話
前にりゅうちぇるを見てきた話をここで書いたが、私はあれきり無料イベントには懲りて、もう参加しないと心に誓っていた。
しかしタイトルにもある通り、ガッキーを見てきた。ちょうど、あのガッキーを1度生で見てみたいが、女優さんてイベントとかあまりやらないしどうしたものか…と思っていた時にある有力情報を得たので、私は燃えていた。
その情報がどういうものかというと、ガッキーが主演女優賞を獲得した、ブルーリボンの授賞式を見に行く権利が、スポーツ紙にハガキで応募すると当たるというものだった。
詳しいことはよく分からないのだが、ブルーリボン賞自体が新聞社たちが表彰をするものらしく(確か)、授賞式の招待も、各新聞社でそれぞれ行なっていたらしい。(なんか5社とか6社とかそのくらい。)
そんな詳細な授賞式情報など露知らぬ私は、サンケイスポーツがそういう募集をしていると知るや、ここに全力を注いで応募しようと決めた。30組60名ご招待である。
ガッキーを見られるイベントなど大事件なので、家族にも発表した。まだ当たってもいないのに、「大変なことが起こったよ!」と告知したら、家族にもその大変さが伝わったらしく、ハガキも買ってもらえることになった。
ハガキを何枚書くかも問題だ。締め切りまであまり日もなかったので、私は30枚くらいは書けるかな〜という心持ちだった。
しかしこういう招待系は、大抵2名様までの招待だ。今回も例に漏れず2名様。私はもちろん、少なくとも妹と母も盛り上がっていたので、もし当たった時に誰かが行けなくて悲しいのは嫌だと思った。ならば、3人それぞれが自分の書ける分だけ、自分の名前で応募したら恨みっこなしでは?と1人で勝手に考え、ハガキを50枚購入してきた。私がかける枚数に20枚の上乗せである。
コンビニに買いに行ったのだが、正月も過ぎて、コンビニで50枚もハガキを買い求める客はもちろん予期されておらず、20枚くらいしかありませんと言われた。コンビニで20枚買ってから郵便局に寄って残り30枚を購入した。後でちゃんと郵便局に寄れるか自信がなかったので、コンビニのハガキを買い占めてしまった。しかし結局郵便局で買い足したので、私は最初から郵便局に行けば手間がなかったし、コンビニは年賀状を買い占められたのでまた補充しなくてはいけない。二度手間&コンビニごめんである。
しかも私がハガキを買ったのは、ナチュラルローソンというオーガニック商品だらけのコンビニだった。普通ナチュラルローソンに行ったら人は、ハガキなんて買わずにナチュラルなものを買うのだろう。それを私ときたら50枚もハガキを売ってくれなんて、ナチュラルローソンが大好きすぎるばかりに、吸い寄せられるように入ってしまって本当に申し訳ない。
そして家にハガキを持ち帰ったが結局、私以外誰も応募ハガキを書かなかった。これ見よがしにリビングのテーブルでハガキを書いたが、みんな「書いてるな〜」という確認の視線を送るだけで、通り過ぎていった。どうやらみんな、自分だけがガッキーを見れなかったら悲しい、などということをごちゃごちゃ考えてはいない様子だった。それなら良かった。
仕方がないので私は、30枚のキャパを50枚に引き伸ばしてハガキを書いた。
応募に必要な書き込み事項も事件だったのだが、住所氏名年齢等は良いとして、「サンケイスポーツへのこれからの要望」というものがあった。非常に言いにくいが、要望などない。というか読んでいない。この応募の話もネットで入手したので、手元にもサンケイスポーツは無かった。実物を見ないことには要望のつけようがないので実物を見ようと思った。コンビニで買うのが1番早いが、あまり物を買いたくなかったので、私はコンビニを通り過ぎて図書館を目指した。図書館には新聞があるにはあったが、地方新聞ばかりで、スポーツ紙のようなカラフルでエンタメな新聞は無かった。諦めて帰り道、結局コンビニでサンケイスポーツを買った。
肝心のサンケイスポーツへの要望の項目は、ネタが無さ過ぎて、途中新聞社に対し謎の上から目線のコメントになりながらも、なんとか要望を十数件書くことができた。残りの三十数枚はもう仕方あるまい。
枚数に忙殺されて、素っ気ない白黒の仕上がりとなったハガキに、古の年賀状の記憶を蘇らせながらも、とりあえず投函するまでに持ち込むことができた。
タイトルで結果はお分かりかと思うが、当選ハガキはきた。授賞式2日前に来たので、それまでの間、もう外れたんじゃないかととてもドキドキさせられた。
当選したとなると、今回の一件の事件性がますます高まってくる。我が家の茶の間は本格的に盛り上がった。忙しいなら、1人で行けるから同行は大丈夫だと2回は言ったのだが、母も妹も、自分のスケジュールと見比べててんやわんやしていた。妹には、りゅうちぇるを1人で見に行ける人間(私)が、ガッキーを1人で見に行けることなど言われなくても知っていると言われた。彼女は物知りである。結局彼女は友人の舞台だか何かを観る予定を、別の日に移してまで、妹が一緒に行くことになった。家族がここまで行くか行かないかで自分事として捉えているのはりゅうちぇるの時とはえらい違いだが(りゅうちぇる時はそんな話は1つも出なかった。)、2名様だけ招待されたという限定感に、行かなきゃ勿体無いというおばさん根性が働いた可能性がある。
さて参戦メンバーが決まったら、次に大切なのは何時に行くかである。
今回はりゅうちぇるの時と違って、何時より早く来るなという御達しがなかった。はて、無限に早く行けてしまいそうだが、通行人に迷惑はかからないのだろうか?調べてみるとその会場は、室内で待てるとのことだった。ありがてえ!この寒空の下、室内で待てるのは非常にありがてー!
時間に制限がないことは分かった。次に考慮すべきは出演メンバーだ。これによって参加メンバーの体力、やる気、ひいては来る時間を推し量ることが出来ると考えた。
今回のブルーリボン賞授賞式表彰メンバーは、主演女優賞のガッキー、主演男優賞あべさだお、助演男優賞ユースケサンタマリアと、さいとうゆき?って人と、あと女の人。(雑)そして前回、主演男優女優賞の松山ケンイチと大竹しのぶが司会で登場する。
とりあえずざっと確認したところ、ジャニオタのような、非常にパワフルかつ賑やかに応援なさる方々がいらっしゃりそうにない出演メンバーだったことに、まず安心した。何でも妹リサーチによれば、今回の受賞に関しては、菅田将暉や妻夫木聡や竹野内豊?らもノミネートされていたらしい。危ない危ない、彼らの誰かが受賞なんてことになったら、そのファンのパワフルさに、私の精神と体力が保たなかったであろう。あべさだおとユースケサンタマリアに感謝である。
とりあえず若者ファンが殺到しそうなのはガッキーくらいなものだが、それ以外の人達もとても有名なので、ファンはたくさんいるだろう。でも層が全然掴めない。ガッキーの他にファン層が若そうなのは松山ケンイチだが、イメージ的に松ケンファンは、ちょっとカッコイイ感じのお姉さんとかで、なよ可愛い松ケンを愛でる会とかじゃないだろうか。なよかわ松ケンを愛でるカッコイイお姉さんは、やる気で授賞式に来るのだろうか。イメージでは、すごいやる気のお姉さんと、テレビで見れば満足なお姉さんの2パターンな気がする。結論、松ケンファンがやる気を出してくるか→分からない。
あべさだおは、コミカルなイメージが個人的に強い。そのファンもなんとなく愉快っぽい人な気がする。あべさだおと歳の変わらないファンが多そうだが、20代くらいでも一定数ファンを獲得していそうだ。結論、あべさだおのファンがやる気を出してくるか→分からない。
ユースケサンタマリアは私の中で、大泉洋とキャラが被っている。そして大泉洋より少しばかり小綺麗なイメージがある。大泉洋なだけでも愉快なのに、綺麗な大泉洋とか、ファンが一体どんなやる気を出してくるか恐ろしい。結論、分からない。
大竹しのぶも天然キャラと端整な顔立ちでファンがいるだろう。結論、分からない。
考えに考えた結果、何も分からなかった。
もう考えても分からないが、始発で行って1日待つことに費やすのも勿体ないので、朝8時くらいに出動しようということになった。
当日、目覚ましをかけていたが全然起きられず、結局グダグダと昼頃出発した。
着いたのは開場2時間前。
建物がデカすぎて、中に入ってもどこが会場か分からず、あたふたとエレベーターに乗ると、授賞式を見に来たらしきおばあちゃん2人組と乗り合わせた。なんでも彼女らは松ケンを見に来たらしい。松ケンは、おばあちゃんもファンとして獲得しているというデータが、私の中で上書きされた。
そしてエレベーターを降り、整列場所に行くと並んでる並んでる!ビルに入った段階では、人が並んでいる気配がなかったので、不安すぎて1番乗りではないことを祈ったが、実際には先客がめちゃめちゃいた。
並んでいる人達は、中年層が主に思えた。おじいちゃんおばあちゃんおじさんおばさん、りゅうちぇるの件で、無料イベントはお金がなく時間のある若者の為のものだという認識に至っていた、私の考えを覆す光景だった。とにかく、何かの為に普段はあまり並んだりしなさそうな人達が多く並んでいた。たまに若い女の子が並んでいれば、ガッキーファンかな?という感じだった。
残念なのは、この人たちが結局誰のファンなのか、最後まで知ることができないことだ。このことには、着いた時から残念に思っていた。
そしてこのビルはすごくて、コンビニもあるしレストランやカフェもいっぱいあって、待機パラダイスだった。しかも今回は1人ではなく戦友もいるので、交代してうろちょろできるし、マジモンの待機パラダイスだ。
2時間経って開場が始まるのだが、待ち終わった感想としては、2人ともまだ全然余裕だった。 まだ全然待てた。むしろ住めたという結論も出たくらいだった。りゅうちぇるの時は1人で3時間待ってめちゃくちゃ疲れたけど、今回は環境が快適すぎてもう少し待ちたかった。あと、2人での参戦の快適さも身に染みた。
あと私たちの前にはすごく人がいたのに、後からの人の入りがあんまりなのも、なんとなく私たちを残念な気持ちにさせた。一応2時間前に来たのだから、ちょっとは早く来た感を味わいたかった。
妹は、ハガキも出さず早く出発しようともしていなかったのに、私以上にひどく意気消沈していた。彼女は元来面倒臭がりなので問題ない。ガッキーを見れば機嫌はなおるだろう。
列が動き出し会場に入った。まだ前の座席にも空きがある。私達は、座席の中でも縦3つのブロックに分かれたうちの、右の方に座った。前3列はマスコミ用なので、そこから後ろに一般客が座れる。私達は5列目に座ることができた。
当時の記録はここで終わっていた。
2025年の私が思い出すに、ガッキーは画面のままのとおりに美しかった。本当に画面のままだった。たぶんそれ以上の感想がそこまでなかったから続きを書かなかったのだと思う。
ブルーリボン賞は主演女優賞男優賞を獲得した2人が次の年の司会だから、翌年も行きたかったなぁ。
地面で寝たい。
私の人生前半の18年間、寝る時はもっぱら敷布団であった。実家は部屋が畳だらけなので、わざわざベッドを置くのもおかしいから、順当な成り行きなのだが、思春期の頃などは特に、ベッド等西洋式に憧れるものである。この気持ち、お分かりいただけるだろうか。
お分かりいただけなくても話を続けよう。
ついに1人暮らしを機に、憧れのベッドを購入、今も使い続けている。
妹は小学生くらいの時、ベッドで寝ているという同級生に、「え?!?!地面で寝てるの?!?!」という嫌味を言われた、とキレ気味に帰ってきたことがある。その時私は「そういう奴には、え?!?!空中で寝てるの?!?!って言え」と言った。しかし、やはり地面で寝てばかりいると、空中でも寝てみたい。
しかし 実際にやってみたら、私には地面睡眠が良いことが分かった。
少しベッドの悪口を書かせてもらう。
まず すごく場所を取る。マットがめっちゃ重くて、手入れのために立て掛けたいのに ままならない。下に埃がたまる。掛け布団がずり落ちる。ずり落ちたら、高さがあるので、引きずり戻さないと掛けられない。身体が落っこちる危険がある。
ざっとこんなところだ。世の空中睡眠家は、どうやって快適に寝ているのだろう。
敷布団は落っこちるという概念がないので、スペースさえ許せば 掛け布団と共に、どこまででもゆける。畳める。しまえる。場所を取らない。
敷布団は優秀だなあという思いと同時に、浮ついた心でベッドに移行したりしない人も、優秀だなあと思った。でもずっと敷布団だと、1度はベッドに憧れるものだと思う。
厚みがあって、3段階に折れる敷布団がほしい。しかし最近、自室からの粗大ゴミの運搬が大変だったことは、記憶に新しい。ベッドをゴミに出すとなると、またしても助太刀必須だ。家族からのブーイングが怖くて、未だに空中で寝ている私だが、3段階折り敷布団への野望が消えることは、当分ないだろう。
バック トゥ ザ カントー
関東は人が多い。一口に関東と言っても色々あるが、うちの最寄駅は人が多い。
その人混みの中では、凄まじい熱気とともに、凄まじい数の人々が流れまくっている。少し流れを間違えると人が突進してくる。しかもその流れというもの自体が かなり曖昧。微妙な心理戦を常に強いられる。
人が流れに従い、軍隊の如く さくさくと歩みを進めているというのに
前方で 立ち止まったり、ゆっくり歩き出したり、突然斜めに切り込んだりしてくる人がいて まさかここでその動きが!と思うことはしょっちゅうある。まあ私もよくやってしまうので、他人事ではないのだが。まずひとところにここまで人が居過ぎなければ、他人の一挙手一投足にここまで目くじらを立てずに済む。
これはあれである。以前、妹の留学先 中国で味わった、スリリングタクシーの操縦を思い出す。まず車線が全体的に混んでいるのだが、全くスペースのない場所にも車を平気で無理矢理差し込んでみて、入れてくれる気配があれば入るし、駄目なら諦めてみたりする。
そして車線を、いっぺんに2.3本変更するなどザラである。少しでも入れそうな隙間を見つけると、スルスル隣の隣まで車線を変更していく。もうそこまでうにょうにょと運転されると、車線の概念とは…?という気持ちになってくる。
初めて乗った時には、かなり冷や汗ものだった。家族全員驚きでだんまりである。
段々慣れてくると、軽くジェットコースターのようで楽しい。まあ事故らなかったから そんなことも言っていられるのだが。
妹の学校の学生のInstagramをチラ見すると、逆さまに転がったタクシーをバックに、自撮りするロシア人が写っていて、大層中国ライフをお楽しみの様子だった。
2.3度ジェットコースターを堪能し終えた後に見たので、私は身の安全を神に感謝した。
最寄駅での歩行で、一連の中国タクシーのことを思い出していた。
しかし車線があるだけ、タクシーの方がマシに思える。
人の大群をうまく避けて歩くには、あまりにその空気感は曖昧だ。もっと大々的に、人用の車線を設けても良いくらいに思えてくる。
このやり取りを毎日繰り返す事が、日本人が、NINJA呼ばわりされる所以なのだろうか。他の国の人たちは、人の多いところで どうしているのか、気になるところである…
あと道もすごく狭い。
私はデスドライバーとして名高いので、こんな所で車の運転などしようものなら、破滅の一途である。
しかし自転車には結構乗る。そうすると歩いている時より 道の狭さが気になるのだ。 これを見て頂きたい。
これはひどい。自転車でうっかり歩道に入ろうものなら、電柱が我が物顔で 歩道のど真ん中を陣取っているのである!
電柱「ここらの歩道の主役は、人ではない。電柱なのだ。自転車の操縦の下手な奴など、畑にでも落ちていろ」と言わんばかりである。
かつて私が東北のど田舎に住んでいた時は、少し太い道を外れれば もうその道一本まるまる私の物みたいな感じで、ほとんど大抵何をしても死ぬようなことには ならなかった。しかしここでは自転車での 一瞬のよろめきが命取りだ。ショッピングモールまで自転車で行けるのは良い。しかし 空いた道に味を占めた私には、正直毎回命懸けだ。こんな私が高校時代は、この狭い道の上で自転車通学していたなんて、人って変わるものである。
自転車において、
氷の上を手を繋ぎながら自転車に乗れる、大道芸雪国高校生カップルと、
幾多の障害物をかいくぐり、いかなる隙間も見逃さないコンクリートジャングル高校生とは、どちらの腕前が上なのだろうか。
人口はもっと分散した方が人に優しくなれる。ねる。
一生守ってくれるお守りの話
日光に行ったとき、「一生守ってくれるお守り」なるものが神社で売っていた。
通常1年が有効期限とされているお守りが、一生有効だと?!なんやてー?!と私は思い 購入した。
しかも干支ごとに種類があり、違う仏像の金ピカなのが入っていて、これは…守ってくれそう…!神々しい…!と大はしゃぎだった。
しかしだんだん邪な雰囲気になってきて、「ていうか、お守りなんて安くても600円くらいで、普通は1年だけなのに、これは1000円で一生なんて、コスパ最強じゃない?!」というなんとも罰当たりな会話になってきた。
嗚呼 こんな馬鹿な会話をしている私ですが、どうかお守りくださいという気持ちだった。
帰ってからも、浮かれポンチでお守りを眺めていた。
しかし 私は はたと思った。
「1年」と言われれば、それは間違いなく1年という共通認識だが、「一生」はいつ終わるか分からないものだよな…?と。
要するに 私がこれを買った次の日に死んだとしても、それは「一生」ということになるわけである。
これに気づいて私は 震え上がった。
「1年」という契約期間がはっきりしていれば、1年きっかり守ってくれるかもしれないが、
「一生」は曖昧なので、例えすぐ死んだとしても、「いや〜、「一生」守ったんですけどね〜。寿命だったんじゃないですか?仕方ないですよ。」みたいなことがあるかもしれない…!
タダだったり値段が安いというのは、その分 労力や苦労が伴う可能性を秘めている。これは 前回同様、人間社会の常識である。
最近の日本のニュースでは、値段を安くしたが故に起こる事件も数多く見られる。頭のかたい私は、その辺のことを走馬灯のように思い出していた。
親には考えすぎだと言われた。
私も疲れるので考えるのをやめた。
この話をあまり色々なところでして、お守りがヘソを曲げて、本当に守ってくれなくなると嫌なので、この話はもうあまりしないようにしようと思う。
しかし 1年契約のお守りは、また来年も買うかもしれない。
生りゅうちぇる 補足
4のレポート?がなんか難しかった!
イベントは、行ってよかったです。
ただ4編にわたってこの話を書いた理由は要するに、イベントに辿り着くまでがめっちゃ大変だったので、それを聞いて欲しかった、ただそれだけだ!!
4編中3編に、イベント参加の大変さを書き連ねてしまった笑
イベントに文句もないし、イベント自体は良かった。
だけど 私も一応大人なので、お金を払ってサービスを受けることに慣れてしまったのか、久しぶりの無料イベントは衝撃でした。お金を惜しんで 労力をかける年齢ではなくなった…と思いました。
なんか若いことしちゃったナ〜〜☆と思いました。
もう多分こういうの行かないと思うけど、今回行っておいてよかった。最寄駅だったし。
そういうことで、もし大人になって久しぶりに乗り込む人がいたら、覚悟してください!タダって高い!!
あとイベントの感想の補足として、
りゅうちぇるがキャラが濃いので、ついそっちにフォーカスした書き方になってしまったけど、こういう場で前に出過ぎないぺこりんもいいですよね!
私は 2人とも可愛くて、とても好きです。
でも生で見ると、そのファッションの派手さからか、なんか圧みたいのはありました。笑
でもそれを生で見ることができたのも、良かった!
まあそんなようなことを 聞いて欲しかった話でした。
今日 整体に行ったら、頭がかたいと言われた私からお送りしました。
生りゅうちぇるを見て来た時の話4
ぺこ&りゅうちぇるの登場まで、かなりページを食ってしまった。
いよいよ彼らはステージに登場した。
ステージの後ろの壁には、彼らの顔写真がかなり大きくプリントされていた。
出てきた途端に りゅうちぇるは、このことに関して 「(自分たちのプリントされた顔が)大きくて恥ずかしい〜。コードも長いし(確かにマイクのコードは、ぐるぐるにとぐろを巻いていた)」と言っていた。
私は、(登場直後から自由だ〜!モノホンや〜!これがホンマモンのりゅうちぇる節や〜〜!)と思って見ていた。
あとは 虫がステージに迷い込んで、2人が逃げ惑ったり、
ここは何県なのか確認をされたり、
りゅうちぇるの手からは いつも何かが出ているが、それも個性だという主張を聞いたり(季節は関係なく1年中出ているそう)、
あと2人での仕事の時は デートだと思ってやっている などなど、
その頃私がテレビでは聞いたことのない話も、聞くことができた。
質問タイムも用意されているのだが、その時に2人の人間性が分かるような話も直に聞くことができた。
りゅうちぇるは、今の自分の仕事を、自分がぺこりんと幸せに過ごすことで、みんなを幸せにしたいと思ってやっている。自分が幸せでないと、人を幸せになんてできない。という風に言っていた。
ぺこりんも、ファンの子たちが自分を見て、自分も好きなことやろう!って思ってくれるのが一番嬉しいし、元気の源になる。自分ももっと好きなことやっていこうって思える、と言っていた。
ファンとのやり取りも微笑ましくて良かった。ディズニーランドで会ったんだよねー、って話している子もいた。
笑いもあり心も暖まって、大満足のトークショーだった。
あと今回のイベントで私は、りゅうちぇるのリアクションがどこまで本当なのか、肌で感じたいという思いもあった。
売れ始めるといろいろ求められて、本当の自分ではいられない、テレビとはそういうところなのでは…りゅうちぇるは大丈夫か…無理して面白くしてたりとか…などと勝手に思っていた。
しかし実際に見てみたら、いちいち考えていては出てこないようなセリフが ポンポン出てくる出てくる。
努力家だけど、ベースは自然体でやってけてるのかな〜と、またしても勝手に安心した。
というわけで トークショーはここで終了。
この後に抽選会があり、例のギャルの店の服や、ぺこ&りゅうちぇるのサインなど、なんだかいろいろと当たるらしい。
しかし 私は彼らの人間性に興味があるので、サインもそんなには欲しくなかった。特に服は当たっても困る。
そして おそらく、質問タイムの様子を見ると 抽選で当たった場合も、ステージに上がって受け取る可能性が高いと見られた。私は1人でイベントに来るだけで、一杯一杯です…!ステージとか、無理…!
抽選会で、当たらないようにドキドキするのは心臓に悪いので、ここでお暇することに。
こんな前の方に来ておいて 2人には申し訳ないが、すし詰めから離脱させてもらう。私はもう満足だった。
そうして私は 颯爽とバスに乗り帰宅。
すぐtwitterの ぺこりんとりゅうちぇる両アカウントで、イベントの最後に撮ったであろう 集合写真的なものが上がった。
私はもちろん映っていないが、さっきまで目と鼻の先にあった面々が ズラリと並んでいたので、ニヤリとして1枚保存した。
おしゃまい。
p.s.明日 要するに何を最も伝えたかったか、まとめとして書きます。寝ょ…