140字以上

140字には収まりきらないこの気持ち。

「丁寧」というエクスペクトパトローナム

「丁寧」というのは非常に大きな力を持っている。一見これは目に見えないようだが、丁寧にそのものが扱われたかどうかは、目で見てすぐに分かるものだ。そしてその丁寧の力は非常に大きく、扱われたものや人を守り、決して他者から適当には扱わせない能力がある、と思う。

 

今まで私はいつも時間に追われていて、自分を丁寧に扱うことを怠ってきた。

しかし「彼」は違う。常に自分を丁寧に扱っているのが、その身なりから伝わってくる。彼は後ろ姿だけでも他の人とは違って魅力があり、(他の人に魅力が無いわけではなく、彼が圧倒的に飛び抜けている)今思えばそれは「丁寧」の力だったのではないかと私は思っている。

彼は私服の時と、制服または仕事着の時で、全く魅力が違うように私は感じた。私服の時の方が圧倒的に何かが良いのだ。

その時私は思った。皆と同じ服装をした途端薄れるその人の魅力など、所詮まやかしだと。

そして、服は嘘をつく道具なのだとも思った。自分を実際以上に良く見せるためのハッタリだと。

 

しはらくそう思っていたのだが、ある時気付いた。服は嘘をつく道具ではない。何を当たり前のことを、と言われそうな文言だ。

彼が私服の時の方が魅力的だったのは、自分を「丁寧」に観察し、自分の身体や好みに合う服を「丁寧」に選んだからだったのだと思う。

彼はおそらく、常に丁寧に選択をしてきた。そしてその、人より圧倒的に手数の多い「丁寧」によって、守られ、それが人に魅力として感じさせていたのだろう、と私は思った。

 

 

物も丁寧に扱われると、人はそれをぞんざいに扱うことが出来ない。

私の部屋にも丁寧に作られたのだろうな、と感じさせる物がいくつかあるが、普通の既製品に比べて圧倒的に捨てづらい。捨てないことが必ずしも善ではないと考えているので、捨てるかどうかの判断が鈍るのは玉に瑕だが、ここでも「丁寧」の守りの力は絶大だ。

 

こういうこともあった。

 

私はある時調子に乗って、ンー十万円の絵画を買ったことがある。

一度絵を買ってみたかったことと、欲しい感じのものを買えたので、買った当時の私は大喜びだった。

しばらくして絵が家に届き、厳重な梱包を開けて部屋に飾った。当然かもしれないが額縁はめちゃくちゃ重いし、窓になる部分もガラスか何かで出来ていてめちゃくちゃ重い。こんな重い物、吊り下げるのも地震とかが怖いが、立て掛けるのも地震とかが怖い。と思いながら私は立て掛けた。毎日絵が倒れやしないか気にかけていた。

しかも絵画という奴には、湿度が大きく影響するということを、絵を部屋に飾るまで、私の脳内は考えもしなかった。私が買ったのは水彩画だったので、なんか多湿にめっちゃ弱いみたいにネットに書いてあった気がする。

絵を飾ってから数日して、100均で湿度計を買った。しかし私の部屋には除加湿機など無いので、湿度が絵画に適さないほど上がっても何もすることが出来ない。心配することしか出来ないので、湿度計などあったところで無駄だった。この時点で既に、絵画の存在は私に重くのしかかっていた。

 

これらを踏まえた上で更に、絵そのものに施された「丁寧」だ。

私はまともに絵画など描いたことがないが、絵っつーのはめっちゃめちゃに時間がかかるもの、というのが通説だと思う。そして集中力や丁寧さ、根気などなど、少なくともンー十万円の絵を1枚描くのには、人は相当色々削られそうだ。

その絵も、見ただけでその長い道のりを感じさせるものがあったと思う。その絵自体への記憶は正直曖昧だが、その人の展覧会で、(うへぇー!こんなん写真じゃん!)と思った記憶があるので、多分間違いない。人間適当に筆を振り回したのでは写真は描けない。

 

その絵を取り巻く色々が重くなり始めていた私は、感じたのである。「絵画とは丁寧界のトップに君臨している」と。少なくとも私が今まで手にした物の中では、トップクラスに丁寧が詰まっていると感じた。

絵の中で、丁寧に丁寧が重なっている。

はちゃめちゃに言い方は悪いが、その時の私には最早、その丁寧さが(管理の難しさも相まって)呪いにも思えるほど重いものに感じられた。要するに当時の私には(そして今も)、ンー十万円の絵は荷が重かったのだ。

 

幸いその絵は、その作家さんのファンの方が見つかり譲ることが出来たので、一件落着した。

この一件で私は、私にはまだちゃんとした絵を持つことは早いということ、丁寧さの力強さは甚大であるということが身に染みて分かった。自分のことも出来るだけ丁寧に扱おうと思えた。

 

丁寧さはさながら、ハリーポッターの守護霊の呪文だ。エクスペクト、パァトゥロォウナァーnムッ!

お化けと同じ部屋にいた話 後編

カサカサと小さな音で、霊的なものの気配を感じた店長。私なんて音の類いに関しては、なんでもかんでも風のせいか、ご近所さんの生活音だと思って全然気にしないので、さすが感じ取れる人は違うというものだ。

 

そんな私でも物音の事というと、少しは思い出す話もある。

話は脱線するのだが、私が大学時代に住んでいた部屋の上の階からは、よく物を落とす音がしていた。私の隣人も、「上の人、物落としすぎじゃない?」と言っていた。

「上の人、何か物を落としたな」という時、私はいつも同じ音を聞いた。

「カッ…カッ…カッカッカッコロロロ…」みたいな、ビー玉を上から落としたような、だんだんバウンドの幅が狭くなって、最後には転がるような音がした。当時全く気にしていなかったが、頻繁にしかもいつも同じ音で物が落ちるというのは、少し奇妙だ。

同じアパートから子どもが出てくるのを見たことがないので、子どもがビー玉で遊んでいるわけではないと思う。

同じ大学の学生が卒業制作や課題でもやっているのかとも思ったが、それらはある程度期間が決まっているが、その音は結構な期間鳴っていたので、その線は薄いかも、と私は思っていた。そうだったとしても、そんなに転がすだろうか…ピタゴラスイッチの課題かもしれない…

 

私の中で、このビー玉音の件に関しては、先の2つに加えもう1つ、合計3つの見解に分かれている。最後のもう1つは、ビー玉職人だ。私はビー玉の作り方こそ知らないが、多分ビー玉は家で手軽に作れるものではないので、出来合いのビー玉を熱するか何かする事で、中身だけピシピシに割るのだ。雑貨屋で売ってたりするが、丸い形は変わらないのに、中だけひび割れまくってキラキラするビー玉だ。あれは壊れやすそうで怖いので、私は買えない。

 

さて、店長との世間話もひと段落したところで、私は店長に「まだ出入り口の方にいますか?」と聞いてみた。カーテンの向こうでは、相変わらずカサカサと音がしている。

すると店長は私に

 

「君の後ろにいるよ」

 

と言った。この時ばかりはゾゾゾである。ゾゾゾタウンである。

後ろを振り向く勇気はなかったが、私には何の気配も感じられない。横を向いた時などに、横目に何かが映る事もなかったので、もし私が振り向いて正面からそこを見たとしても、いつもと変わらない、通路としての空間があっただけだったと思う。

私は昔こそ、霊みたいなものは、人間に嫌なことをしてくる訳の分からない、怖いやつだと思っていた。でも考えてみれば、死んだ人間なら自分と変わらない存在だし、(怖い話とか読み漁ると、ただ死んだ人間な存在でなさそうな話もいろいろあって、その辺については謎だが)そんなに怖くないかも…と、私の幽霊哲学も、見えないなりに進歩していた。つもりだったが、背後に立たれたと認識した時のゾゾゾタウンは禁じ得なかった。幽霊が感じられない私の幽霊哲学なんて、実践には敵わない、机上の空論ということだったのかもしれない。でもだとしても全然悔しくない。私には見えなくて良い!見えないうちは優しい気持ちを持てても、見えちゃったら錯乱してしまうから、これからもその距離感でお願いします!

 

昔の私がこの体験をしても、ゾゾゾタウンで終わったと思う。

でも私はこの時、一瞬のゾゾゾの後一呼吸置いて、(え、この人は何考えてるんだろう)と思った。嫌味のやつじゃなくて、純粋な疑問のやつだ。

だって、霊なんて感じれない人ばっかりのところにやってきて、そこに立って、何してるんだろう?って。仕事見てるの?

誰かの知り合い(私の場合なら死んだおじいちゃんとか)が会いに来ているとかなら分かるが、全くの他人の幽霊なら純粋に疑問である。楽しいのかなと思ったが、色々な職場の裏側を見たりできるなら、確かに楽しいかもしれない。

一説によると、幽霊とは物や場所の記憶を残像として映しているだけ、という話も聞いたことがあるが、店長が敏感に「入って来た」とか「移動した」とか感じているあたり、物の記憶よりももう少しは、意志のあるもののような気がする。

実体のないものの気持ちを考えたことはなかったので、非常に難しく興味深い気持ちになった。人に感じられずにいる彼等が、切ないような気もしたが、私たちに見えないだけで、彼等は彼等同士で楽しく生活しているかもしれないから、切ないと言うのは失礼かもしれない。夜は墓場で運動会かもしれないし。

 

今まで地獄先生ぬ〜べ〜を暗記するほど見てきたが、初めて、霊が近くにいる!と認識したことで不思議〜な気持ちになれたお話でした。他の人がこの件についてどう思うかも、できたら聞いてみたい。

しかもこの気持ちは、あなたの想像力次第で簡単になれます!何もないその目の前の空間に、勝手に「いる」ことを想像すれば良いのだから。私の近くに「いた」時は、正にその状態でしたよ!

これなら心霊スポットに行くよりも簡単で安全で、バニラエアやピーチの夏のセールよりもお安くゾゾゾタウンに行くことができます!

 

良かったらやってみてね〜ネットで見たけど、何にもいない所なんて、ないらしいから!

これにてドロン!

生ガッキーを見てきた時の話

前にりゅうちぇるを見てきた話をここで書いたが、私はあれきり無料イベントには懲りて、もう参加しないと心に誓っていた。

しかしタイトルにもある通り、ガッキーを見てきた。ちょうど、あのガッキーを1度生で見てみたいが、女優さんてイベントとかあまりやらないしどうしたものか…と思っていた時にある有力情報を得たので、私は燃えていた。

 

その情報がどういうものかというと、ガッキーが主演女優賞を獲得した、ブルーリボンの授賞式を見に行く権利が、スポーツ紙にハガキで応募すると当たるというものだった。

詳しいことはよく分からないのだが、ブルーリボン賞自体が新聞社たちが表彰をするものらしく(確か)、授賞式の招待も、各新聞社でそれぞれ行なっていたらしい。(なんか5社とか6社とかそのくらい。)

そんな詳細な授賞式情報など露知らぬ私は、サンケイスポーツがそういう募集をしていると知るや、ここに全力を注いで応募しようと決めた。30組60名ご招待である。

 

ガッキーを見られるイベントなど大事件なので、家族にも発表した。まだ当たってもいないのに、「大変なことが起こったよ!」と告知したら、家族にもその大変さが伝わったらしく、ハガキも買ってもらえることになった。

 

ハガキを何枚書くかも問題だ。締め切りまであまり日もなかったので、私は30枚くらいは書けるかな〜という心持ちだった。

しかしこういう招待系は、大抵2名様までの招待だ。今回も例に漏れず2名様。私はもちろん、少なくとも妹と母も盛り上がっていたので、もし当たった時に誰かが行けなくて悲しいのは嫌だと思った。ならば、3人それぞれが自分の書ける分だけ、自分の名前で応募したら恨みっこなしでは?と1人で勝手に考え、ハガキを50枚購入してきた。私がかける枚数に20枚の上乗せである。

コンビニに買いに行ったのだが、正月も過ぎて、コンビニで50枚もハガキを買い求める客はもちろん予期されておらず、20枚くらいしかありませんと言われた。コンビニで20枚買ってから郵便局に寄って残り30枚を購入した。後でちゃんと郵便局に寄れるか自信がなかったので、コンビニのハガキを買い占めてしまった。しかし結局郵便局で買い足したので、私は最初から郵便局に行けば手間がなかったし、コンビニは年賀状を買い占められたのでまた補充しなくてはいけない。二度手間&コンビニごめんである。

しかも私がハガキを買ったのは、ナチュラルローソンというオーガニック商品だらけのコンビニだった。普通ナチュラルローソンに行ったら人は、ハガキなんて買わずにナチュラルなものを買うのだろう。それを私ときたら50枚もハガキを売ってくれなんて、ナチュラルローソンが大好きすぎるばかりに、吸い寄せられるように入ってしまって本当に申し訳ない。

 

そして家にハガキを持ち帰ったが結局、私以外誰も応募ハガキを書かなかった。これ見よがしにリビングのテーブルでハガキを書いたが、みんな「書いてるな〜」という確認の視線を送るだけで、通り過ぎていった。どうやらみんな、自分だけがガッキーを見れなかったら悲しい、などということをごちゃごちゃ考えてはいない様子だった。それなら良かった。

仕方がないので私は、30枚のキャパを50枚に引き伸ばしてハガキを書いた。

応募に必要な書き込み事項も事件だったのだが、住所氏名年齢等は良いとして、「サンケイスポーツへのこれからの要望」というものがあった。非常に言いにくいが、要望などない。というか読んでいない。この応募の話もネットで入手したので、手元にもサンケイスポーツは無かった。実物を見ないことには要望のつけようがないので実物を見ようと思った。コンビニで買うのが1番早いが、あまり物を買いたくなかったので、私はコンビニを通り過ぎて図書館を目指した。図書館には新聞があるにはあったが、地方新聞ばかりで、スポーツ紙のようなカラフルでエンタメな新聞は無かった。諦めて帰り道、結局コンビニでサンケイスポーツを買った。

 

肝心のサンケイスポーツへの要望の項目は、ネタが無さ過ぎて、途中新聞社に対し謎の上から目線のコメントになりながらも、なんとか要望を十数件書くことができた。残りの三十数枚はもう仕方あるまい。

枚数に忙殺されて、素っ気ない白黒の仕上がりとなったハガキに、古の年賀状の記憶を蘇らせながらも、とりあえず投函するまでに持ち込むことができた。

 

タイトルで結果はお分かりかと思うが、当選ハガキはきた。授賞式2日前に来たので、それまでの間、もう外れたんじゃないかととてもドキドキさせられた。

 当選したとなると、今回の一件の事件性がますます高まってくる。我が家の茶の間は本格的に盛り上がった。忙しいなら、1人で行けるから同行は大丈夫だと2回は言ったのだが、母も妹も、自分のスケジュールと見比べててんやわんやしていた。妹には、りゅうちぇるを1人で見に行ける人間(私)が、ガッキーを1人で見に行けることなど言われなくても知っていると言われた。彼女は物知りである。結局彼女は友人の舞台だか何かを観る予定を、別の日に移してまで、妹が一緒に行くことになった。家族がここまで行くか行かないかで自分事として捉えているのはりゅうちぇるの時とはえらい違いだが(りゅうちぇる時はそんな話は1つも出なかった。)、2名様だけ招待されたという限定感に、行かなきゃ勿体無いというおばさん根性が働いた可能性がある。

 

さて参戦メンバーが決まったら、次に大切なのは何時に行くかである。

今回はりゅうちぇるの時と違って、何時より早く来るなという御達しがなかった。はて、無限に早く行けてしまいそうだが、通行人に迷惑はかからないのだろうか?調べてみるとその会場は、室内で待てるとのことだった。ありがてえ!この寒空の下、室内で待てるのは非常にありがてー!

時間に制限がないことは分かった。次に考慮すべきは出演メンバーだ。これによって参加メンバーの体力、やる気、ひいては来る時間を推し量ることが出来ると考えた。

今回のブルーリボン賞授賞式表彰メンバーは、主演女優賞のガッキー、主演男優賞あべさだお、助演男優賞ユースケサンタマリアと、さいとうゆき?って人と、あと女の人。(雑)そして前回、主演男優女優賞の松山ケンイチ大竹しのぶが司会で登場する。

とりあえずざっと確認したところ、ジャニオタのような、非常にパワフルかつ賑やかに応援なさる方々がいらっしゃりそうにない出演メンバーだったことに、まず安心した。何でも妹リサーチによれば、今回の受賞に関しては、菅田将暉妻夫木聡竹野内豊?らもノミネートされていたらしい。危ない危ない、彼らの誰かが受賞なんてことになったら、そのファンのパワフルさに、私の精神と体力が保たなかったであろう。あべさだおとユースケサンタマリアに感謝である。

とりあえず若者ファンが殺到しそうなのはガッキーくらいなものだが、それ以外の人達もとても有名なので、ファンはたくさんいるだろう。でも層が全然掴めない。ガッキーの他にファン層が若そうなのは松山ケンイチだが、イメージ的に松ケンファンは、ちょっとカッコイイ感じのお姉さんとかで、なよ可愛い松ケンを愛でる会とかじゃないだろうか。なよかわ松ケンを愛でるカッコイイお姉さんは、やる気で授賞式に来るのだろうか。イメージでは、すごいやる気のお姉さんと、テレビで見れば満足なお姉さんの2パターンな気がする。結論、松ケンファンがやる気を出してくるか→分からない。

あべさだおは、コミカルなイメージが個人的に強い。そのファンもなんとなく愉快っぽい人な気がする。あべさだおと歳の変わらないファンが多そうだが、20代くらいでも一定数ファンを獲得していそうだ。結論、あべさだおのファンがやる気を出してくるか→分からない。

ユースケサンタマリアは私の中で、大泉洋とキャラが被っている。そして大泉洋より少しばかり小綺麗なイメージがある。大泉洋なだけでも愉快なのに、綺麗な大泉洋とか、ファンが一体どんなやる気を出してくるか恐ろしい。結論、分からない。

大竹しのぶも天然キャラと端整な顔立ちでファンがいるだろう。結論、分からない。

 

考えに考えた結果、何も分からなかった。

 

もう考えても分からないが、始発で行って1日待つことに費やすのも勿体ないので、朝8時くらいに出動しようということになった。

 

 

当日、目覚ましをかけていたが全然起きられず、結局グダグダと昼頃出発した。

 

着いたのは開場2時間前。

建物がデカすぎて、中に入ってもどこが会場か分からず、あたふたとエレベーターに乗ると、授賞式を見に来たらしきおばあちゃん2人組と乗り合わせた。なんでも彼女らは松ケンを見に来たらしい。松ケンは、おばあちゃんもファンとして獲得しているというデータが、私の中で上書きされた。

 

そしてエレベーターを降り、整列場所に行くと並んでる並んでる!ビルに入った段階では、人が並んでいる気配がなかったので、不安すぎて1番乗りではないことを祈ったが、実際には先客がめちゃめちゃいた。

並んでいる人達は、中年層が主に思えた。おじいちゃんおばあちゃんおじさんおばさん、りゅうちぇるの件で、無料イベントはお金がなく時間のある若者の為のものだという認識に至っていた、私の考えを覆す光景だった。とにかく、何かの為に普段はあまり並んだりしなさそうな人達が多く並んでいた。たまに若い女の子が並んでいれば、ガッキーファンかな?という感じだった。

残念なのは、この人たちが結局誰のファンなのか、最後まで知ることができないことだ。このことには、着いた時から残念に思っていた。

 

そしてこのビルはすごくて、コンビニもあるしレストランやカフェもいっぱいあって、待機パラダイスだった。しかも今回は1人ではなく戦友もいるので、交代してうろちょろできるし、マジモンの待機パラダイスだ。

 

2時間経って開場が始まるのだが、待ち終わった感想としては、2人ともまだ全然余裕だった。 まだ全然待てた。むしろ住めたという結論も出たくらいだった。りゅうちぇるの時は1人で3時間待ってめちゃくちゃ疲れたけど、今回は環境が快適すぎてもう少し待ちたかった。あと、2人での参戦の快適さも身に染みた。

あと私たちの前にはすごく人がいたのに、後からの人の入りがあんまりなのも、なんとなく私たちを残念な気持ちにさせた。一応2時間前に来たのだから、ちょっとは早く来た感を味わいたかった。

妹は、ハガキも出さず早く出発しようともしていなかったのに、私以上にひどく意気消沈していた。彼女は元来面倒臭がりなので問題ない。ガッキーを見れば機嫌はなおるだろう。

 

列が動き出し会場に入った。まだ前の座席にも空きがある。私達は、座席の中でも縦3つのブロックに分かれたうちの、右の方に座った。前3列はマスコミ用なので、そこから後ろに一般客が座れる。私達は5列目に座ることができた。

 

 

お化けと同じ部屋にいた話 前編

私は幽霊を見たことも感じたこともない。

でも、その手の話は基本的に信じるタチだ。

いると思う。

根拠になりそうな話はいくつかできるかもしれないが、一言で言ってしまえば私たちがこうして心を持って生きているのに、死んだ途端、単にそれが消滅する(信じないタチの人はこう思うのだろうか?)と考える方がなんだか不自然ではないだろうか。

なので化学を信条としている人には、今回の話は馬鹿らしいかもしれない。

 

数日前、私は仕事場で作業をしていた。ここの店長は幽霊は見えないのだが、「いる」というのが感じ取れるらしい。一見そういうことは信じそうもない人なのだが、若い頃、図らずもやらかしてしまったことで祟られ、運良く腕の良い霊媒師的な人に出会い、お祓いをしてもらったら、霊を感じる体質になったらしい。

私は最初この話を聞いた時、信じないというか、話半分に聞いていた。私に霊が感じられないのだから、本当も嘘も判断のしようがないし、この手の話をする人には、いろんな人がいるからだ。というか祟りというけど、一体何が起きて、何故祟りだと分かったんだろう?と思っていた。そしたら店長が、1ヶ月間決まった時間に高熱が出続けたと言うので、私は「それは祟りだなあ」と思って以来、彼の話を信じている。

彼が言うには、霊がいる時というのは線香の匂いがしたりするらしい。既にそういう話を聞いたことがある人もいるかもしれない。

 

店長がその話をする度に、私は中学の同級生に、いつも線香の匂いがしていた人がいたのを思い出す。多分単に毎日ちゃんとお線香をあげるおうちだったのだと思うが、せっかく思い出したので私は何か意味づけがしたくなってしまい、もし店長の説がここでも適用されるとしたら、その子のおじいちゃんの霊とかがその子を護ってそうだし、すごく強力そう〜!と一通り仮定の意味づけを心の中で行った。

 

話は戻って私は仕事場で作業をしていて、店長はその向かいにいた。そして店長は、普通の世間話のテンションで「何か音がする」「あっち(出入り口の方)にいるね」と言った。

店長の表現が曖昧だったこともあり、私はお客さんでも来たのかと思って、少し待ち構えてみた。(実際ここのベテラン従業員は、お客さんがドアを開ける前に、足音で来店を察知する能力を持っている。これは霊的な話ではなくて、熟練の為せる技の話だ。)

でも誰も入って来ない。

店長は音がすると言うが、その方向で扇風機が回っていたので、私はそのせいかもと思った。羽の回転に物が当たって音が出ることも珍しくない。

「扇風機回ってるからじゃないですか?」と私が言うと、

「回ってたっけ?誰が回した?」と店長。(心霊現象っぽいやり取りだが、実際誰かが回したかどうか、私は完全に知らない。でも、事前に人間がつけていた可能性も全然あったと思う。)

扇風機を止めた。それでも確かに何か音はする。カーテンに仕切られた向こうの休憩場所で、小袋の包みを開けているような、カサカサした小さい音が、ずっとしていた気がする。向こうに誰かがいて、お菓子でも食べているなら全く気にしないが、多分誰もいない。私はもう少しこの話について、店長から聞いてみたい気もしたが、店長にとってはそんなに珍しい事でもなさそうだったのと、私自身 細かい生活音とかは気にしないタチなので、話は普通の世間話に移行していった。

 

後半へ〜つづく!

10年もののイッテQへの想いを語る。イモト編

私は結構イッテQを観ている。結構とはどのくらいかというと、ほとんど毎週欠かさず見ている。

しかしそういう人がいっぱいいるから、あの番組は今人気を集めているのである。なので私は、毎週観ているくらいのことで偉そうにせずに、この記事を書ききることが今回の目標だ。

 

いつからかは明確に覚えていないが、イモトのイッテQデビューの回は観ていたので、約10年は観ていることになる。勉強、習い事、仕事など、人生には様々なタスクがあるが、私の場合人生で最も長く続けられていることが、イッテQを観ることだと思う。なんてことだ、他に無いのか。他には無い。

 

10年も観続けていると、さすがに受信一辺倒とはいえ、イッテQメンバーに対して様々な感情を持つものである。

しかしあれほどの人気番組で、人に話しても同意を得られる趣味であるとしても、なかなか細かく人と語り合える機会はないので、ここにて一方的に語り尽くしたいと思う。

 

まず今回は誰の話をするかというと、冒頭にも登場したイモトアヤコである。

私のイッテQ歴でも物心ついたのが、イモトデビューの回である。それ以前にも、間欠泉でしゃぶしゃぶはできるのか?という企画をやっていたことだけは朧げに覚えているが、その頃は、ムチャな番組だなぁ…と若干距離を置いていたのだが、イモトデビューの頃には結構しっかり観ていたと記憶している。私のイッテQ人生最古の確かな記憶だ。

 

知っている人も多いと思うが、イモトがどうやってイッテQデビューしたかというと、売れる一歩手前みたいな芸人たちを集めて、離れた場所に置かれたぬいぐるみ「珍獣くん」をいち早く駆け寄りゲットした者にのみ、その後イッテQに出演する権利が与えられる、というレースが始まりだった。

 

同時期に確かエンタの神様がまだやっていて、私と妹はこれまたほぼ毎週欠かさず観ていた。

なのでそれなりにお笑い芸人には詳しく、お笑いにもやや厳しく、芸人の好みも持ち合わせていた。

そのエンタの神様でよく見かけた、私たちが次にブームが来ると踏んでいた「慶(けい)」というお笑い芸人が、イッテQのそのレースに出ていた。

慶は、自らチャラ男の格好で、チャラ男あるあるを語る芸人だ。近頃テレビではあまり見かけない。最近妹が検索したところ、まだ活動をしているそうなので、良ければ動画か何かで観てあげてほしい。私は観ていないが。

 

慶以外に知っている芸人も、確かそのレースに参加していたのだが、私たちのイチオシはダントツで慶だったので、テレビの前で慶だけを全力で応援した。

しかしイモトアヤコの足の速いこと。私たちの応援も虚しく、ダントツの速さでイモトは珍獣くんをゲットしていた。

イモトアヤコのイの字も知らなかった私たちは、大層憤慨した。セーラー服に太眉の格好も意味が分からないし、慶が引き離されていたとはいえ一応2位だったこともあり、今思うとイモトに申し訳ないほど腹を立てていた。

なのでその後、イッテQにイモトが出る度に口をへの字にして観ていたはずだが、そこら辺の記憶があまりない。

 

気がついたらイモトは、世界100カ国以上の珍獣レポートを日本のお茶の間に届け、泣きながらとんでもない山に登り、イッテQでは稼ぎ頭とまで言われるようになっていた。

 

最近になって、自分がイモトに対してそこまで腹を立てていたことを思い出して、本当にすごいことだなと思った。

スタッフが、イモトがここまで頑張るとは思わなかったと言っていたそうだが、観ている方としても同じ感想である。デビュー当時、他の芸人より知名度の低そうなイモトを、私たちのように歓迎しなかった視聴者は、少なくなかったと思う。その中で潰されることなく、ガッツでここまでやってきたことが、本当にすごい。自分のことをやいやい言う人が、やいやい言い飽きるまで頑張り抜けば、成功が待っているんだなあと、見せてもらった気持ちである。

 

イモトのことは、いつのまにかすんなり受け入れていたので、やいやい言っていたことなど最近まですっかり忘れていた。

今はイモトの山登りのたびに、家族揃って心配している。エベレストの回は本当の本当に心配だったけれど、無事に帰ってきてくれて本当に良かったと思う。山なんて無理して登らなくて良いよ!

 

 

ブログには、自分の好きなもののことを書くと良い、と何かで読んだので、この話を書くに至ったわけだが、これは果たして需要があるのか。始めにそう思った。

しかし最近こういったような記述も目にした。「人は、それがどんなことでも、継続して行えた物事に関しては、10年もすればプロ並みの技術を習得しているものである」と。

その説に則って考えると、私は「イッテQを見るプロ」を名乗って良いと言える。

イッテQを見るプロとは何なのか、一体誰が私にお金をくれるというのか?また、だからといって、私がイッテQに関して抱く感想や分析の文章に需要があるのかは、一向に謎のままだが、私はイッテQが好きなのでこの話は続けていきたいと思う。

英語の話

最近の私といえば、日本にいるにも関わらず、英語のことばかり考えている。

 

というかそもそも英語を話そうと思うのに、「日本にいるにも関わらず」とか言っている時点で、日本人の英語の話せなさが露呈している気がする。恥ずかしい。I'm embarrassed.

そのくらい、日本にいる分には英語とは必要のないもの ということだが、確実に世界では共通語だし、何カ国かの人種が集まればみんな英語で意思疎通するので、そのくらい話せないと蚊帳の外である。わざわざ外国に行かなくても、結構みんな、英語は喋れるようにしておくもののようだ。

そして言葉が分からなくて蚊帳の外というのは、なかなか寂しいものである。

段々周りも、自分の話せなさを認識してくるので、気を遣ってくれることもあれど、あまり話しかけられなくなったりもする。

あと私のように自信のない人間だと、悪口言われてるんじゃないかとか、要らぬ心配も出てくる。ちなみにそういった心配は、英語を上回って中国語の方が、そのような感覚にさせられる印象があった。中国語での会話は、喧嘩しているように見られるなどと言うが、言語によってそういった違いが見られるのは非常に興味深い。同じ人でも英語を話している時と、中国語を話している時とでは全く印象が違うのだ。英語で会話している時は、溌剌とした気の利くチャキチャキおばさんでも、中国語を話しているところはなんだか怖いのだから不思議だ。

 

聞いた話だがドイツなどでは、英語を話せない人の方が少ないそうだ。

今はインターネットで無料英会話レッスンみたいのもできるし、あとは英語のDVDでも観ていれば、一通り話せるようになる。私の知人は、それで英語を話せるようになったそうだ。

 

私が思うに、日本人は本当に外国語を話せない人が多い。(と偉そうに語れるほど、国内外の現状は知らないが)

外国人には、日本では英語を学校で習わないの?などと聞かれることも、しばしばだ。

そうすると私は、こう答えざるを得ない。

 

習う。習うよ?!でも almost writing!Japanese school doesn't think to speak.So many japanese can't speaking English.

 

今考えてみると学校に文句言ってないで、勉強したければ自分ですれば良い話である。まあ 外国人と真剣に向き合う機会や、会話する必要性が、日本に少ないというのも事実の1つだとは思う。あと 私の学生時代の、日本の英語教育の実態という面でも、嘘ではないとも思う。なんにしろ、事実としてその時、私は先のように答えたのだ。

 

とにかく私が英語を使う時は、めっちゃ簡単な言葉を駆使して、必死に会話する。いろんな文法習ったけど全部忘れたので、ただの単語の羅列も頻発する。

 

英語を話す必要の増えた私が、同じように英語を話せない日本人に、「もう全然話せなくて恥ずかしいです!」と言うと、今のところまあまあの確率で、

「でも少しの単語と身振り手振りがあれば、大体大丈夫なんじゃない?!」と言われる。

分かる。私も海外旅行の時は、それで十分楽しめた。あと、悲痛な表情を浮かべる私を慰めようとして言ってくれているのも、また分かる。

しかし私の恥ずかしさは、そんなことでは慰められないほど切迫している。

 

考えてみてほしい。

私の倍はあるんじゃないかと思うサイズ感の外国人に、拙い英語で話しかけるも、「はて?」という顔をされて会話が終了する悲しみを。

己の英語の実力が、中学の途中でストップしている自覚を持ちながらも、決死の思いで話しかけたのに砕け散る虚しさを。

 

しかし彼らは悪くない。

またも考えてみてほしい。

単語しか日本語を知らない外国人が、接続語もなしに、必死に何かを伝えてくる毎日を。頑張ればなんとか分かるかもしれないが、毎回は疲れる。

旅行で来ている一期一会の相手であれば良いかもしれないが、まともに関係を築く必要のある相手だと、普通に困る。

しかし困られたら困られたで、困られる方としてもその顔を見るのは、なかなか悲しいのだ。

この状況を打開するには、やはり英語を話せるようにならねばならぬ。

母国語でもない英語を、自力で身につけた7歳年下を、己の英語の話せなさで困らせている場合ではないのだ。

 

増して私は今、海外にいるわけではない。日本にいる外国人と接している。彼らは日本に興味があるわけである。

これは海外で外国人に囲まれて英語を習得するより、大分イージーモードだと私は捉えている。

そりゃ海外で囲まれる方が、早急に英語習得に繋がるかもしれない。しかしネガティブな考え方になってしまうが、日本にいればアジア人を差別する外国人と会話するリスクは格段に低い。ほぼゼロである。もしそんな人が日本に滞在していたら、そんな嫌いなアジアにいる場合じゃないから森にお帰り、である。

私はヨーロッパなどに旅行に行ったことがないからか、まだそういった差別を受けたことがないのだが、きちんとした英語で話しかけても、中国語は分からないからごめんなさいね、などと言われたりすることがあるらしい。恐ろしい!心が折れますね!

そんなわけで、できたら国内で優しくしてくれる外国人から、英語を教わりたい所存です。

 

さて、もし日本の英語教育をもう少し会話向きにシフトするとしたら、私はこうしてほしい。

最近は小学校から英語の授業が始まっているらしいので、まずそこで英語に親しませたあと、

中学に上がってから、ある程度の頻度で、給食の時間、班に1人ずつ外国人をぶち込んでほしい。そこで英語を話せないことによる、気まずい時間を味わってほしい。担任の先生は外国人のことに関して特に説明もせず、生徒自らが英語で聞き出さないことには、外国人が何者なのかも分からないという状況が望ましい。

現実性を無視すれば、全生徒1人に対して外国人2.3人くらいあてがって、めちゃくちゃ英語で盛り上がりながら、給食の時間を過ごしてほしい。英語を分かる気のない中学生は、置いてきぼりにしてほしい。それが世界だからである。これをされたら私は、もっと真剣に文法を覚えたことだろう。

書いているうちに、それくらいでもしないと中学生という生き物には効かない可能性があると思って作戦をパワーアップさせた。中学生とは、班に外国人が1人いるくらいでは、それを完全に無視して、生徒同士で盛り上がって時間を終えることもできる(大人でもやりかねないが)、ある意味最も無敵な時期な気がしてきたからだ。

 

embarrassedが過ぎたため、盛り上がって書いてしまいましたが、英語勉強しますね。

 

 

地面で寝たい。

私の人生前半の18年間、寝る時はもっぱら敷布団であった。実家は部屋が畳だらけなので、わざわざベッドを置くのもおかしいから、順当な成り行きなのだが、思春期の頃などは特に、ベッド等西洋式に憧れるものである。この気持ち、お分かりいただけるだろうか。

お分かりいただけなくても話を続けよう。

ついに1人暮らしを機に、憧れのベッドを購入、今も使い続けている。

 

妹は小学生くらいの時、ベッドで寝ているという同級生に、「え?!?!地面で寝てるの?!?!」という嫌味を言われた、とキレ気味に帰ってきたことがある。その時私は「そういう奴には、え?!?!空中で寝てるの?!?!って言え」と言った。しかし、やはり地面で寝てばかりいると、空中でも寝てみたい。

 

しかし 実際にやってみたら、私には地面睡眠が良いことが分かった。

少しベッドの悪口を書かせてもらう。

まず すごく場所を取る。マットがめっちゃ重くて、手入れのために立て掛けたいのに ままならない。下に埃がたまる。掛け布団がずり落ちる。ずり落ちたら、高さがあるので、引きずり戻さないと掛けられない。身体が落っこちる危険がある。

ざっとこんなところだ。世の空中睡眠家は、どうやって快適に寝ているのだろう。

 

敷布団は落っこちるという概念がないので、スペースさえ許せば 掛け布団と共に、どこまででもゆける。畳める。しまえる。場所を取らない。

 

敷布団は優秀だなあという思いと同時に、浮ついた心でベッドに移行したりしない人も、優秀だなあと思った。でもずっと敷布団だと、1度はベッドに憧れるものだと思う。

 

厚みがあって、3段階に折れる敷布団がほしい。しかし最近、自室からの粗大ゴミの運搬が大変だったことは、記憶に新しい。ベッドをゴミに出すとなると、またしても助太刀必須だ。家族からのブーイングが怖くて、未だに空中で寝ている私だが、3段階折り敷布団への野望が消えることは、当分ないだろう。